KATSUYUKIKODAMA カツユキコダマ

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KATSUYUKIKODAMA
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滝沢 涼介 コーディネート
chemical conbination 新着アイテム

KATSUYUKIKODAMAから11アイテムが発売開始


ブランド設立・そしてパリからスタートしなければならなかった理由

そのブランドはパリから始まった。 国内での実績、人脈などは一切顧みず異国の地でクリエイションを発信する。 それには理由があった。 デザイナーである兒玉勝之氏はメンズブランドのMD・デザイナーを経て独立。 その華やかな経歴とはウラハラにファッション教育を受けた経験は無い。 しかし幼少期からファッションへの情熱をたぎらせていた氏は、小学生時代の文集にまで将来パリの美術学校への進学希望の旨を記している。 まるで野球少年がメジャーリーグに憧れるかのように、氏はファッションの都パリへの情熱を忘れた事は無かった。 氏がブランド設立を考え始めたのは前職にて海外出張で渡仏した際。 パリの街並みに触れた瞬間に、あの幼い頃の情熱が溢れるほどに蘇った。 「やはり自分がやるべき事はこのパリで自身のクリエイションを発信する事。」 使命感にも似たその思いのまま、日本へ戻った氏は独立の準備を開始した。

栄光と挫折・KATSUYUKIKODAMAが海外で成功を収めた瞬間

KATSUYUKIKODAMAが初めて日の目を見たのは2012年1月。 パリの合同展「TRANOI」の秋冬シーズンがデビューだった。 この世界で1、2を争う巨大合同展には出店するだけでもいくつかのハードルがある。 「日本人デザイナーが単身パリにて有名合同展でデビュー。」 このような状況を聞いて華々しい姿を想像するだろうか? しかし現実はそんなに甘くはない。初シーズンでの販売実績はわずか2店舗。 クリエイターとして実績があるといってもそれは日本での事。 兒玉氏本人を知る人間などパリには当時ほとんどいない上に、東京のトレンドとパリのトレンドにも乖離がある。 ユリウスやバックラッシュのレザーを想像してほしい。 あの洗いやしわ加工が施されたバッグ。それが当時のKATSUYUKIKODAMAの姿だった。 トレンドに迎合した物はパリでは通用しない。 前職からの知り合いである有名ショールームの社長からも当時のコレクションは酷評された。 1シーズン目にして打ちのめされた瞬間だった。 そして追い討ちをかけるかのように、2シーズン目には受注が0にまで落ち込む事になる。 しかし、そんな事でパリへの情熱は冷める事は無かった。

氏はKATSUYUKIKODAMA以外にOEM業を営んでいた。 周囲の目からはそちらに専念すればいいのではという声も少なくなかった。しかしそんな事は関係無かった。 クリエイションで成功しなければ意味が無い。 そして執念と言ってもいいくらいの情熱が初めて花開く事になる。 初めての手応えを感じた時には既に4シーズン目に突入していた。 周りから見れば何て諦めの悪いデザイナーだと思われていた事だろう。 きっかけになったのはイタリア出張時。 当時契約していた現地ショールームに出入りする関係者のスタイルがストリートよりになっていた事だった。 ファッション市場のトレンドは現在ラグジュアリーストリートと呼ばれるスタイルに席巻されている。Off-White(オフホワイト)、MARCELO BURLON(マルセルブロン)、VETEMENTS(ヴェトモン)etc…。 その片鱗が既にこの時垣間見られていた。 「モードでもアウトドアでもなく、トラッドでもない。新しいストリートスタイルのバッグが欲しい!」そういう直感が瞬時に働いた。 そこからKATSUYUKIKODAMAはバックパックに注力する事になる。 今までのモードなイメージからストリートへのシフト。 しかしただストリートに寄せるだけでは無い。 美しさがなければパリでは通用しない。美しさを引き出すには技術が必要だ。 パターンとシルエットと縫製。その全ての技術が必要となる。 自社工場を持つKATSUYUKIKODAMAにはそれらを実現する技術が既にあった。 点と点が線になった瞬間だった。 そこから試行錯誤を重ね、アイコンアイテムであるPACK-1が出来上がる事になる。

このPACK-1が予想を超えた反響を生む事になるとはまだ当の本人達すら気づいていなかった。 新作を引っさげて参加した5シーズン目。 ミラノの「マルコナ3」とのショールーム契約もスタートし、臨んだ展示会で思わぬ結果に見舞われる。 ヨーロッパの老舗有名セレクトショップや百貨店からの相次ぐ注文。(実際に取引に至ったブランドは限られるが)セールスも前年度に比較して3倍にまで膨れ上がった。 モード一辺倒からの脱却。 KATSYUKIKODAMAがカジュアルさという武器を持ち、ヨーロピアンニュートレンドを掴んだ、氏が初めてパリで成功を収めた瞬間だった。 そして現在は発表の場をパリのショールーム「NOSEASON」に移し、そのクリエイションは国内外を問わず脚光を浴び、有名セレクトショップ及び、百貨店にてセールスを拡大し、更なる輝きを放ち続ける。

生産背景・真のブランドの証明

KATSUYUKIKODAMAは自社工場で生産されている。 日本のファッション市場において全体の97%が海外生産であるのに対して、ブランドとして国内で自社工場を保有しているのは稀有な例だ。 自社工場を持つことには理由がある。 KATSUYUKIKODAMAの縫製は極めて複雑な縫製技術を駆使し生産されている。 その製品の特性上から、他社の工場では生産する事がそもそも不可能だ。 一般的に縫製工場の技術は工場ごとにある程度統一されている。 ならば複数の縫製技術が必要なKATSUYUKIKODAMAの製品を生産する事は事実上不可能。 できたとしても多大なコストがかかり、製品化は困難を極める。 この複数の縫製技術が一つの製品に混在するという、他ブランドとの圧倒的な差別化要素は自社工場が無ければ実現し得なかった。 逆説的に言うと、自社工場が他ブランドとの差別化を可能にしたと言い換えてもいい。 そしてクラフトマンシップを重視するブランドに共通するもの。それは「職人の育成」 シャネル、ルイヴィトン、グッチ、ボッテガヴェネタなど、名だたるラグジュアリーブランドは職人の育成にも余念がない。 つまりサプライチェーンマネジメントもブランドビジネスにおいて必須項目なのだ。 KATSUYUKIKODAMAは真のブランドの要素をここでも満たしている。 プレタポルテが生まれて以降、ディオールのライセンス商法、衣料品の低価格化、ファストファッションの台頭。 ファッション業界は大量生産・大量消費時代に突き進んでいっている中、カウンターとしてのクラフトマンシップ。 名ばかりでなく、「自社工場」「職人の育成」という生産背景。 今、時代が求めているのはそんな真のブランドだ。 KATSUYUKIKODAMAが日本のブランドの在り方をリードする存在となり、真のブランドとして認知される。それはそう遠くない未来なのかもしれない。

コンセプト:「佇まい」です。
バッグの佇まい、バッグを持った方の佇まいが美しいこと。

代表的なアイテムのデザインへのこだわり、機能性

伝統と革新・PACK-1とラグジュアリーブランドとの共通点 

流行に左右されないアイコンアイテム「PACK-1」と流線美

KATSUYUKIKODAMA「PACK-1」。 何十パターンもの縫製技術を駆使した、「技術力」「クラフトマンシップ」を製品化した、文字通りブランドを象徴するアイテム。 何より特筆すべきは流線美。こだわりぬかれたこのシルエットを具現化するまでに何回パターンを引き直したか当の本人も覚えていないほど。美しい弧を描き、ボリューム感を感じさせながらデイリーユースできる程よいバランス。ここまで計算され尽くされたバックパックはファッション市場でも類を見ない。そしてディティール部分にもこだわりが満載だ。例えばファスナー1つとってもそのこだわりが見て取れる。通常レザーのような高級素材には重厚感のあるファスナーが用いられがちだ。しかし「PACK-1」はあえてそこを外す。 ファスナー本体にはコイルファスナーが使用され、その大振りなファスナーが製品に少しだけ「カジュアル感」を与えてくれる。ファッション市場のトレンドは現在ラグジュアリーストリートと呼ばれるスタイルに席巻されている。 モード一辺倒では通用しなくなった市場において、「ストリート」「カジュアル感」といったキーワードは必須となる。 KATSUYUKIKODAMAはバックパックメインのブランドであり、デイリーユースできる事を目的としている為、これらのキーワードに強いこだわりがある。そしてこの「カジュアル感」がトレンドに左右されないKATSUYUKIKODAMAの「PACK-1」の強みなのだ。 

抜群の機能性と絶妙なサイズ感

製品へのこだわりはデザインのみならず、もちろん機能性にも存在する。 都内で自転車通勤をする人の数が増えてきているのは周知の事実。ヨーロッパに目を向けても、都心には自転車レーンが設けられている。 現代社会において自転車は多くの人々のライフスタイルの一部と化している。 先述しているように、KATSUYUKIKODAMAはデイリーユースできるバッグを想定している。つまり通学や通勤、その他プライベートでも使用しやすいよう根幹から設計されているのだ。 「PACK-1」にはMacの13インチノートPCが楽々格納できる。実際には15インチも格納可能だ。もちろんA4サイズのクリアファイルや用紙も入るサイズになっている為、ビジネスシーンでも活用できる。 

ここでカジュアルすぎるデザインだとビジネスユースに抵抗感が出てきてしまう。 しかしPACK-1はカジュアル感とモード感が絶妙のバランスでデザインされている為、オフィシャル、プライベート双方で使用可能だ。そしてその重厚感からは想像がつかない程、担いだ際の心地良さに驚くだろう。先述した通りこれだけの収納量がありながら、中に荷物を詰め込んだかを疑う程の軽さ。 長時間担いでいても苦にならない体との抜群のフィット感。 大袈裟に言うならば「体の一部に感じる」と言った表現が適切かもしれない。だからこそこの製品へのリピーターが後を絶たないのだ。 ブランド素材にはこだわらない・真の差別化は「クリエイション」 

モード感の演出に欠かせないのがレザー素材。 KATSUYUKI KODAMAはほぼ全てのアイテムにレザーを使用している。 日本には各地にラグジュアリーブランドに素材を提供している産地が存在する。 しかしKATSUYUKI KODAMAは逆にそこにはこだわりが無い。 氏は過去数年間、国内では姫路、海外ではバングラディッシュやイタリアまで渡りレザー製品を製作する中で、レザーを知れば知るほど有名ブランドレザーを使用する事に意味を感じなくなった。有名でなくとも上質のレザーがあるのに何故皆ブランド名を欲しがるのか?顧客は見た目や触っただけで産地がわかるのか?顧客視点を貫けば貫くほど、そこに意味は無いと確信した。「自らのクリエイションに合うレザーを自らで作る。」それが、氏が出した結論だった。 そして圧倒的な人気を誇るのが、ハイエンドレザーと牛革のコンビだ。 この「ハイエンドレザーと牛革のコンビ」と聞けばKATSUYUKI KODAMAのファンならすぐにピンとくるだろう。 レザーと一口に言ってもその種類は様々だ。ダイヤモンドパイソン(蛇)、オーストリッチ(ダチョウ)、クロコダイル(ワニ)etc…。 KATSUYUKIKODAMAではこのハイエンドレザーと牛革のコンビをPACK-1で実現させてしまったのだ。 

驚いただろうか? 

今まで異素材のコンビというのはファッション市場でもよく事例を見かける。 しかしハイエンドレザーと牛革のコンビというのは滅多にお目にかかれるアイテムではない。 このような革新的な事をKATSUYUKIKODAMAは簡単にやってのけるのだ。これはKATSUYUKIKODAMAが自社一貫生産であるからこそ成せる技なのである。 古くからブランドビジネスにとって重要なキーワードとして「伝統」と「革新」がある。 アイコンアイテムとして既に地位を確立したPACK-1は所謂この「伝統」に当てはまるだろう。そしてこのハイエンドレザーと牛革のコンビが「革新」となる。 このまだ若く歴史の浅いブランドが既に「伝統」と「革新」を使い分けつつある事からもKATSUYUKIKODAMAがホンモノのブランドである事の証明であろう。